自治体の印刷案件に携わっていると、「環境配慮」という言葉を目にする機会が増えたと感じます。植物由来インクや各種環境ラベルの活用は、社会全体の方向性として歓迎すべき流れです。一方で、現場で仕様をどう運用するかという点になると、発注側と受注側の間にさまざまなギャップが生まれていることも実感します。
今回、ある自治体から「植物由来インクを使用し、マーク等で表記すること」という条件が付いたチラシ制作案件がありました。私たち印刷会社としては、技術的にも体制的にも植物由来インクでの印刷が可能であり、その趣旨にも賛成です。環境配慮は、単なる流行ではなく今後も続く前提条件だと考えています。
しかし、過去の類似案件では、仕様どおりに対応すると採算を大きく割り込んでしまうような価格で他社が落札していく状況が続いていました。もちろん、価格が安いからといってただちに仕様違反だと決めつけることはできません。自社生産の強みを生かしているのかもしれませんし、業務全体で採算をとる戦略かもしれません。ただ、「こちらが真面目に仕様どおり積み上げた金額を、なぜここまで下げられるのか」という疑問が残るのも事実でした。

そこで今回は、感情的にならないよう注意しながら、自治体に対して質問書という形で確認を行いました。植物由来インクの使用をどのように確認しているのか。納品時にインク仕様書や環境ラベルの使用許諾書などの提出を求めているのか。万が一仕様と異なる対応が判明した場合、どう取り扱うのか。これらを事前に知っておけば、受注側としても見積や体制の組み方を冷静に判断できるからです。
自治体からの回答は、「納品時には植物油インキマークやバイオマスマーク等の表示を目視で確認し、通常は追加の書類提出は求めない。ただし、仕様不履行の疑いが生じた場合は、インク仕様書や使用実績などの資料提出を求める。仕様に適合しないことが判明した際は、再印刷や契約解除、指名停止の対象となり得る」というものでした。履行確認方法や必要書類を標準化して事前に明示する予定は、現時点ではないとのことでした。
この回答を、受注側の立場だけで見れば、「平常時はマークの有無だけ」「本当に中身を確認しているわけではない」と感じるかもしれません。真面目に正規のインクやマークを使う会社にとっては、コスト面で不利になりやすい運用にも映ります。実際、私たちもその懸念を抱いています。環境表示ガイドラインが示すように、環境配慮の主張は誤解を招かず、必要に応じて検証可能であることが望ましいからです。
日本には「言うは易く行うは難し」ということわざがあります。環境配慮の仕様も、紙の上で掲げるだけなら簡単ですが、現場で運用し続けるのは決して楽ではありません。一方で、海外には「We do not inherit the Earth from our ancestors, we borrow it from our children.(地球は先祖から受け継いだものではなく、子どもたちから借りているものだ)」という言葉もあります。発注者も受注者も、それぞれの制約を抱えながら、この二つの言葉のあいだで現実的な解を探していくことが、これからの環境配慮型の自治体印刷には求められているのだと思います。
一方で、発注者側の事情も想像できます。自治体の担当者は、限られた人員と時間の中で多くの案件を回しています。印刷物に関する専門知識を持つ職員ばかりではありません。全案件についてインク仕様書やSDSを細かくチェックし、必要なら外部専門機関に確認を依頼する、という体制をいきなり整えるのは現実的に難しいはずです。環境ラベルの制度は多岐にわたり、その基準や認定プロセスをすべて把握するだけでも相当な負担になるでしょう。
だからこそ、発注側と受注側が「現実的な落としどころ」を一緒に探ることが大切だと感じます。例えば、すべての案件で重い証憑を求めるのではなく、一定の規模以上の案件や、初めて取引する事業者に限ってインク仕様書や認定書の提出を求める方法があります。また、グリーンプリンティング認定工場や特定の環境ラベル制度を要件として位置づけることで、自治体側の確認負担を減らしつつ、一定の信頼性を担保することも考えられます。
受注側としては、自社の最低限守るべきラインを明確にしておく必要があります。植物由来インクや環境ラベルに関する正規の手順を踏んだうえで採算が取れるかどうかを冷静に計算し、それを大きく割り込む案件には、勇気を持って参加を見送る判断も必要です。同時に、今回のように疑問点があれば感情を抑えて質問書という形で確認し、やり取りを記録に残しておくことも、将来のための大事なステップだと考えます。

環境配慮の仕様は、発注者と受注者が対立するための条件ではなく、本来は同じ方向を向くための共通言語であるべきです。行政は、限られたリソースの中でもできる範囲で確認の仕組みを整え、仕様を形だけで終わらせない工夫が求められます。私たち事業者は、必要なコストと手間を正直に伝えつつ、技術や体制を磨いて応えていく責任があります。
今回の植物由来インクをめぐるやり取りは、双方がその役割と制約を改めて確認するきっかけになりました。完璧な解決には至っていませんが、「疑問を飲み込んでモヤモヤする」のではなく、「質問し、相手の考えを聞き、自分のスタンスも伝える」という一歩を踏み出せたことには意味があったと感じています。
環境配慮の取り組みは、理想論だけでは前に進みません。現場の制約を認めたうえで、少しずつ仕組みを改善していくしかありません。そのプロセスに、受注企業として、そして一市民として、これからも関わっていきたいと思っています。
2025年12月1日
企画営業部 川内カツシ
ちょっと気合い入れ過ぎた
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